契約不適合責任

弁護士村本 武志

1 はじめに

 2020年4月1日から施行された民法(債権法)改正で、物の瑕疵担保責任(旧民570、566)を廃し、契約不適合責任(改民562、563、564)を導入した。
 不適合責任は、適用対象を原始的不能のある特定物に限るとの旧法の縛りを外したことで、種類物やサービスに適用されることになった。目的物の欠点が売り手・買い手にとって「隠れた」ものであることを不要とすることは、契約不適合責任の判断が、目的物に欠点があるかどうかではなく、契約内容、契約解釈から、買い手にその欠点を引き受ける意向が認められるかどうかで判断されることを示す。

2 契約不適合

 瑕疵担保責任の下で「瑕疵」とは、その種類の物として通用有すべき品質を備えないことをいう。契約不適合は、品質に限らず。種類、数量が、契約内容に適合しないことをいう。まず、ここで「品質」とは何かについて民法は、定義していない。次に、目的物の品質上の欠点が不適合となる基準である「契約内容」が何を指すのか、当事者間でそれが合意されていない場合に何が契約不適合判断の基準となるのかについて明らかではない。そして、そもそも「適合しない」とは何かについても定義があるわけではない。
 物の性能は一定の基準で判定され、物の仕様は、仕様書に記述された内容となる。これに対し「品質」は、性能や仕様のように、客観的な評価・判定する基準を持たない。物に契約不適合があるかの判断は、契約当事者の合意内容による。品質について合意がなければ、契約不適合は「その種類の物として、通常有すべき品質を備えない」かどうかが判断されなければならない。

3 不適合の判断

 例えば、自動車のオドメーター(走行距離計)が巻き戻されている場合、客観的には、自動車の「品質」を損なうと判断され、瑕疵・契約不適合に当たると判断されよう。
 目的物の品質の欠点が契約不適合と判断されるかどうかは、契約の趣旨・目的と離れて判定されるわけではない。一般人を基準にするものの、目的物の欠点を取得者が引き受ける合理的意向が認められるかどうかが決め手となる。買い手が、目的物の欠点を許容しているか、契約目的から、その欠点に重きを置いていなければ、契約不適合とは判断されない。東京地判平30・1・23(平28(ワ)11169 号・平28(ワ)16361 号・平29(ワ)21085 号)は、オドメーターが巻き戻された自動車について、「瑕疵」の存在を認めなかった。販売者が購入者と自動車売買契約を締結した動機が、クレジット業者から売買代金を原資とした資金確保にあるとすれば、購入者が自動車の属性に関心を有していたとは考えられないことをその理由とした。この事案は、瑕疵担保責任での瑕疵に当たるかが争われたものであるが、改正法の下でも同様の判断となろう。

4 パラダイムシフト下の解釈

 改正法の契約適合性の考え方は、目的物の不適合判断の基準を、目的物の品質の客観的属性から契約当事者の主観的意向にパラダイムシフトさせる。とはいえ、目的物の品質が契約内容に明記されない場合に、買主が欠点を引き受ける合理的意向があるかどうかの判断はどのようにして行うか。契約の交渉プロセスでの表示・説明を手掛かりにして判断するか、物やサービスに関する法令、学会、業界などの基準に引き付けて判断するかが問題となる。物・サービスの品質に関する客観的な基準や経験則は、売り手のコストを織り込んでいる点に留意しなければならない。
 製造物責任法での製造物の欠陥判断の基準に、消費者期待基準、標準逸脱基準・リスクコスト基準があるが、標準逸脱基準・リスクコスト基準は、製造者のコストを欠陥判断に参酌する点で消費者期待基準と異なる。欠陥責任は、契約不適合責任とは異なり、契約関係を前提とするものでないが、契約適合性における不適合判断の基準を考える上で参考となる。法改正後、2年余が経過するが、裁判例で、契約不適合責任が問われた事案は見あたらない。裁判例の集積が待たれる。