ここしばらく、リスクと民事法の関係について考え続けている。今回はそのお題。
金商取引は、基本的にリスク(期待値の変動幅の標準偏差)を取引の目的とする。金商取引での主要な争点は、取引の本質的属性であるリスクにより生じた損失を、顧客と金商業者のいずれが、どの程度負担するのか、その根拠は何かという点にある。これは不法行為の領域で議論されることが多いが、瑕疵担保責任(民570)、改正民法では契約不適合責任(民562、563、564)の問題でもある。
昨年の日本消費者法学会シンポジウムは「不動産取引における契約適合性と適合性原則」について報告した。不動産の欠陥が契約不適合となる要件、金商法領域で論じられる適合性原則(顧客不適合)が適用される余地があるか、適用されるとして契約適合性との異同について検討した。不動産の欠陥は、欠陥現象とそれが生じる欠陥原因に分けられる。裁判実務では欠陥現象と共に欠陥原因の特定が求められる。どのような修補が必要か、損害がいくらかが算定できないことがその理由だ。
他方、欠陥原因が存在するもののそれが顕在化していないような場合は、それが契約不適合に当たるのか。欠陥建築では、瑕疵や契約不適合は、①安全性に関する合意、②それが不明であれば、契約の趣旨・目的から合理的に窺われる当事者(顧客)の安全性の意向、③それも不明であれば建築基準法令、学会基準から逸脱するかどうかで判断される。
ここで、②の「意向」は何を意味するのか。③の客観的基準のいずれを選択するかの「意向」となるのか。また③の基準が存在しないか、存在するとしても目的物が適用除外とされるか、基準策定以前の建物や造成地では何が顧客意向の拠り所となるのか。これを経験則に求めるとして、基準とされるのは一般的な経験則か、当該地域における特定の経験則か。
医療過誤の領域では、これは医療水準論の問題となる。医師が依拠すべき医療水準、具体的な個々の案件において、債務不履行又は不法行為で問われる医師の注意義務の基準は、一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準とされる(最判平8・1・23、最判昭63・1・19)。これは、全国一律に絶対的な基準ではない。診療に当たった当該医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して定まる。新規の治療法では、その知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することが期待される場合には、その知見は右医療機関にとっての医療水準となる(最判平7・6・9)。
このような医療水準は、医師がそれを守れば善管義務を尽くしたと評価され免責される。患者の安全性に関する意向・希望とは必ずしも一致しない。患者の意向は、リスクの種類や内容、手術・治療の成功率、治療後の後遺症や日常生活への影響、予後にどのようなケアがどの程度必要かなどのリスクコントロール情報を踏まえて具体的に定まる。契約適合性は、治療が、適切な情報提供がなされた上での同意(informed consent)を逸脱するかどうかで判断される。医師の情報提供は、未確立療法、先駆的ないし予防的な療法ではとりわけ重要となる(乳房温存療法に関する最判平13・11・27、未破裂動脈瘤に対するコイル塞栓術に関する最判平18・10・27)。Informed consentは、一般に説明義務の文脈で論じられる。しかし、契約適合性の観点からは、顧客が取引に必要な情報を得た上での「あり得べき(規範的)合意」を基準としての同意の適否が判断されなければならない。
建物や造成地取引は、目的物の完成や引渡を目的とする。金商取引のようなリスクを目的とするわけではないが、医療と同じく、欠陥原因の随伴は避けられない。そうだとすれば、顧客には欠陥原因に、リスクの種類や内容、想定最大損失や、それを顧客が許容する程度までコントロールするための知見が必要だ。契約適合性では、顧客がこのような知見を得るための情報提供がなされ、顧客がそれ踏まえどの程度のリスク(想定最大損失)を引き受ける覚悟の程度が判断の対象とされるのではないか。
土木や建築工学領域の建築領域、医療領域などの法的検討に、リスクの知見がもっと共有されていい。
建築欠陥、医療過誤とリスク
弁護士 | 村本 武志 |
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