コンピュータ・プログラム違法コピーをめぐる問題

弁護士村本 武志

 著作権法114条2項は、著作権を侵害した者に対し、著作権者は「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として」その賠償を請求することができると定める。ここに「受けるべき金銭の額に相当する額」とは、侵害行為の対象となった著作物の性質、内容、価値、取引の実情のほか、侵害行為の性質、内容、侵害行為によって侵害者が得た利益、当事者の関係その他の訴訟当事者間の具体的な事情をも参酌して認定すべきものと解するのが裁判例の傾向である。
 この点、仮に「著作権侵害を理由として損害賠償を請求する場合であっても異ならず、著作権法114条2項の規定に基づき、著作権者が著作権を侵害した者に対し、『著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として』その賠償を請求することも、基本的に上記の不法行為による損害賠償制度の枠内のものというべきである」との判断が是認されるとしても、損害判断につき規範的観点を含ませることが可能かは、一つの問題である。近時、コンピュータ・プログラムの違法コピーをめぐる事件に関連し、実損害を超える規範的観点からの損害評価の余地を窺わせる判決が出された。
 ビジネスソフトの違法コピーをめぐっては、東京地判平成13年5月14日(「レック事件」)に続き、今般、大阪地判平成15年11月23(「ヘルプデスク事件」)が出された(前者は原告がマイクロソフト社とアドビ社、被告は大手司法試験予備校の「レック」であり、後者では原告にクオーク社が加わり、被告は大阪のコンピュータスクールの「ヘルプデスク」)。両事件に共通する争点は、(1)被告の違法コピーによって生じた原告の損害をどのようなものとして捉えるか、(2)その損害は被告による正規品購入によって補填されるか、というものである。(3)につき、両事件とも、本件プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍を下らない旨を主張した。レック事件で被告は、正規品購入により原告ら主張の損害はすべててん補され、損害がないとの主張にとどまったが、ヘルプデスク事件では、仮にそうでないとしても損害額は卸価格相当額に止まるとの主張がなされた。判決では、両事件とも「受けるべき金銭の額に相当する額」を、正規品購入価格(標準小売価格)と同額であると判断した。レック事件では、被告が、正規品購入によりから本件プログラムの無許諾複製によって被告の得た利益額は,正規品小売価格相当額により評価し尽くされ,これを超えると解するのは相当でなく、被告が違法複製品を使用した回数や期間を考慮するのは相当でないとする。ヘルプデスク事件では、2倍賠償請求の根拠として、ヘルプデスク事件で原告らは、著作権法114条2項の「受けるべき金銭の額に相当する額」につき、(1)プログラムの違法複製による被害の甚大性、(2)被告会社の行為の高度の違法性、(3)正規品の事前購入者との均衡、(4)社会的ルールの要請を上げし、判決は、基本的に上記の不法行為による損害賠償制度の枠内のものというべきであるとしつつも、実損害額を超える賠償を認める余地があることを示唆する。
 ヘルプデスク事件ではまず、上記の被告会社の行為の高度の違法性につき、「本件のようなプログラムの違法複製の事案においては、違法性が高度であるからといって、そのことが直ちに損害の額に反映される性質のものではなく、少なくとも、当該プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍というような額の賠償を根拠付けるものとはいえない。」とし、原告による2倍賠償請求をおよそ取り得ない理屈とはしていない。次に、上記(3)の点につき、「市場における実勢販売価格より標準小売価格が高額であるのが一般であるから、直ちに正規品の事前購入者との均衡を失するものとはいえない。」とした。すなわち、損害賠償の基礎となるプログラムの価格は、「市場における実勢販売価格」ではなく、より高価な「標準小売価」によると判示しているが、この点も、損害の範囲につき実額ではなく規範的な判断を加えていること分かる。そして、(4)のプログラムの正規品購入価格より高額の金銭を支払うべきものとする原告らの主張を根拠付けるような実定法上の特別規定があるわけではないし、そのような内容の社会規範が確立していると認めるべき証拠もない。」とする点も、仮に、「プログラムの正規品購入価格より高額の金銭を支払うべきものとするような社会規範が確立している」と認められる場合には、実損害額以上の賠償を認める余地を残す。
 「不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とする」と解するのが一般である。しかし、デジタル時代の容易かつ大量の違法コピーが蔓延する現在において、損害評価につき、違法行為抑止の実効性という規範的観点を盛り込むことの必要性は大きい。上記判決は、そのような動きを示唆すると評価することは穿ちすぎであろうか(村本はヘルプデスク事件の原告側代理人)。