新年おめでとうございます。
当方、ことしは早々から、嬉しいことがありました。1月11日(日)、地元の鳴尾地区にある西宮能楽堂での新春公演「土蜘蛛」(*)を観に出向いたところ、お年玉抽選会も併催され、そこで、2名限定の大箱入り洋菓子詰め合わせが当たったのです。当日は、西宮えびす神社での「残り福」当日でしたが、ここでもう福を得たので、えべっさんにはお参り省略(笑)。
(*)能楽を知らない方でも、勘所を観たり聞いたりされているかと思います。演者により白い蜘蛛の糸が数多く投げ放たれてショウ的要素の強い、それゆえ、人気第一の能楽だそうです。当日、最前列に居た当方にもその蜘蛛の糸が架かってきたので、端をちぎって記念に持ち帰りました。
他方、残念で腹立たしいことも起きました。アメリカ大統領トランプによるベネズエラ急襲とマドゥロ大統領の身柄拘束です。現在のベネズエラは民主主義と経済安定が損なわれている問題国家とは思いますが、とは言え、主権国家ですから、軍事力を以て急襲し大統領を拘束連行することは、国連憲章と国際法に対する明確な違反行為です。彼には「法の支配」の観念がなく(そう言い放っているとの報道もあり)、「力の支配」さらには「オレ様皇帝」の意識で行動しているようです。残念でならず、日々、憤りを覚えている次第です。
閑話休題
おととしから自転車を乗り回していること、前回、このコラムに投稿した通りです。特に昨年は、彼方此方へとなかなか良く動いた一年でした。5月の連休には、折り畳み式自転車を持って、2泊3日で奈良・明日香村を訪ねました。現在、西宮に住んでいますが、阪神電車と近鉄電車が相互乗り入れしており、阪神西宮駅で快速電車に乗ると橿原神宮駅までわずか1時間30分で行き着けます。同駅前のホテルに宿を取り、自転車で「万葉の里」と言われる地域を走行し、「万葉文化館」の日本画展をゆっくり鑑賞しました。万葉秀歌の朗誦で有名な(故)犬養孝先生の万葉記念館が改装休館中だったのは残念でした(10月から再開済み)。9月には、JR宝塚線・福知山線・播但線で豊岡へ行き、駅前のホテルに宿を取り、2泊3日の旅程で、初日は日高町の「植村直己冒険記念館」、2日目は出石町へ走行し「斎藤隆夫記念館(静思堂)」と出石観光地区を訪ねました。3日目は但東町まで足を延ばし、雨に打たれながらも、同町「モンゴル博物館」を見学し、大急ぎで豊岡まで戻り、夜、西宮まで帰ってきました。いずこも展示物が感銘深いものでしたが、特に、「斎藤隆夫記念館(静思堂)」では、彼が豊岡地域を地盤(選挙区)とする代議士で(元職は弁護士)、戦前に国会で往時の軍部をこっぴどく批判した演説を行ったため、議員除名となった経歴を持つ方なので(戦後は自由党創設者であり現憲法制定時の国務大臣)、館内(堂内)には、彼を慕う保守系政治家の揮毫額が多数掲出されていて壮観でした。なお、昨年、石破首相(当時)が彼を顕彰しつつ、往時に議事録から削除された彼の演説部分の復活を提唱したこと、みなさんのご記憶にも新しいかと思います。11月には、全国証券問題研究会の高松大会に参加し、その機会に、高松から金比羅山まで、友人弁護士と一緒に讃岐平野を自転車で並走しました。12月には、長崎で開催された(日弁連)人権大会に参加しました。長崎はいたるところ坂の町と聞いていたので、自転車の携行は控えました。これが成功でした。歩いて、まず、山王神社の片足鳥居をくぐって被災クスノキを訪ね、階段に座って、スマホで福山雅治の歌曲「クスノキ」を聴きながら、口ずさんでみました。眼がうるみました。その後、原爆被災の遺跡を巡るガイドつき散歩ツアーに参加し、知識が豊富な年配ガイド(被災2世とのこと)から詳しい説明を受けつつ(当方の質問にも的確に応答してもらった)、爆心地から平和公園、浦上天主堂、平和祈念館と原爆資料館という勘所をじっくりと案内してもらうことができました。原爆資料館の中は、改めて翌日に見学しました。特に、その出口近くの壁に掲出された「焼き場に立つ少年」という写真を見つけました。少年が亡くなった妹を背負って、遺体焼却の順番を待っている写真です。当方の地元はアニメ映画「火垂るの墓」の年少の兄妹がふたりだけで暮らした洞穴のある場所です。それら二組の兄妹が重なって見え、やはりジーンと来ました。
昨年は、先の大戦終了から80年、広島長崎の原爆被災から80年の節目となる年でした。これらの悲惨な被害を忘れることなく、必ず継承して、核兵器廃絶を、その一歩として、我が国も核兵器禁止条約の早期参加・批准を、との思いを強くしました。
以上、当方の近況報告です。最後に、2026(令和8)年が、みなさんにとって良い年となるよう願っております。(終)

