もめない遺言書の書き方
1 相続の基礎知識
まず、法定相続分と遺留分について理解する必要があります。
遺言書がない場合は、民法の定める法定相続分によります。具体的には、配偶者は常に第1順位の相続人であり、子がいれば、子も相続人となります。この場合、配偶者は2分の1、子も2分の1(子が複数いれば2分の1を更に均等割する)です。子がいない場合は、直系尊属が相続人となり配偶者の相続分は3分の2、直系尊属の相続分は3分の1になります。子も直系尊属もいない場合は、兄弟姉妹が相続人となり、配偶者の相続分は、4分の3、兄弟姉妹の相続分は4分の1です。
遺言書がある場合は遺言書によります。第三者に全財産を譲ることも可能です。但し、相続人(兄弟姉妹を除く)は、直系尊属のみが相続人である場合、被相続人の財産の3分の1(法定相続分の3分の1)、それ以外の場合(子や配偶者等)は、被相続人の財産の2分の1(法定相続分の2分の1)を遺留分として有しています。これらの者は、遺留分を侵害されたことを知ったときから1年以内に権利を行使しないときは遺留分請求権は時効によって消滅します。相続開始のときから10年を経過したときも同様です。
2 遺言書の種類
遺言は、民法の定める方式に従わなければすることができません(要式違反は無効になります)。
普通方式では、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。自筆証書遺言は、遺言者が、遺言書の全文、日付および氏名を自書し、これに押印することによって成立する遺言(968条)です。
公正証書遺言は2人以上の証人の立ち会いを得て遺言者が遺言の趣旨を口授し、公証人がこれを筆記して遺言者および証人に読み聞かせ(又は閲覧させ)、遺言者および証人が筆記の正確なことを承認した後各自署名押印し、公証人が方式に従って作成された旨を付記して署名押印する方式をとる遺言(969条)です。
秘密証書遺言は、まず遺言者が遺言者又は第三者の書いた遺言書に署名押印し、その証書を封じて証書に用いた印章で封印し、公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出し、自己の遺言書である旨、また遺言書が他人によって書かれているときは、筆記者の氏名・住所を申述し、次に公証人が封紙に署名押印するという方式の遺言です(970条)。
上記3つの遺言書の長短は、自筆証書遺言は簡単であり、費用もかからないという長所があるが、遺言書の滅失・偽造・変造のおそれがあり、検認が必要という短所もあります。公正証書遺言は、遺言の存在と内容が明確であり、遺言の執行に検認を受ける必要もない長所があるが、存在や内容を秘密にできないし、手続が複雑で費用がかかるという短所もあります。秘密証書遺言は、内容を秘密にしておくことができるが、手続が複雑であり、費用もかかり、検認が必要という短所があります。
(注)検認とは、公正証書遺言を除く遺言書の保管者又はこれを発見した相続人は、相続の開始を知った後遅滞なく、遺言書を家庭裁判所に提出して、その検認の申立をしなければならないというものであり、相続人及び利害関係人全員に通知書を発送し裁判官の審問が行われます。封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人等の立ち会いの上開封しなければなりません。保管の経緯・筆跡、印影などについて、意見があれば陳述します。
3 自筆証書遺言の書き方~法改正により方式が緩和されました
改正前の民法は「全文、日付及び氏名」を全て自書し、これに印を押さなければならない(改正前民法968条1項)。としていました。また、自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨付記して特にこれに署名し、かつその変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない(同条2項)とされています。
民法は遺言者が遺言を自ら書く場合、要式性・自書性を厳格に要求しています。その理由は、死後に本人に確認することができない遺言者の最終意思の確実さを担保する必要があるためです。
しかしこのような厳格な要件は、例えば、高齢者等にとって全文を自書することはかなりの労力を伴うことや、単独で文字を書けない遺言者が人生の最終局面で自己の意思を遺言に残そうとする場合にこのような遺言自体が無効となる可能性があることなど、自筆証書遺言の利用を妨げる原因となっていました。
また前述のような加除訂正に厳格な要件を付することは、その方式違反により被相続人の最終意思が遺言に反映されないおそれがあるとの指摘もなされていました。
改正法(968条2項)では、自筆証書遺言をする場合において、遺言事項と添付書類である財産目録とを分けた上で、前者においては従前どおり自書性を要求する一方で、後者については、自書を要求せず、ワープロ書きでもよいことにし、その場合ワープロ書きの目録には各ページに署名捺印を求めています。これにより、財産目録については、ワープロ書きだけではなく、遺言者以外の者による代筆や不動産登記事項証明書、預貯金通帳の写し等を添付した上で、それを目録として使用する方法も認められるようになりました。
4 遺言書の保管方法~法務局で保管ができるようになりました
改正前の民法では、公正証書遺言は遺言書原本が公証人役場で厳重に保管されるのに対して、自筆証書遺言は、作成後に遺言書が紛失し、又は相続人によって隠匿もしくは変造されるおそれがあること、相続人は、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから三箇月以内」に相続を承認するか放棄するかを決めなければならないが(改正前民法915条1項)、相続開始後速やかに遺言の有無及び内容を確認することが困難な場合もあること、被相続人が自筆証書遺言を作成していた場合であっても、相続人が遺言書の存在を把握することができないまま遺産分割が終了し、あるいは遺言書が存在しないものとして進められた遺産分割協議が遺言書の発見により無駄になるおそれがあること等の問題が指摘されていました。
そこで、平成30年7月6日、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が成立しました。
その概要は、以下のとおりです。
①遺言書の保管の申請
対象となる遺言書は自筆証書遺言で封のされていないものです。遺言書の保管申請を、法務大臣の指定する法務局(遺言書保管所)の遺言書保管官に対して行います。申請者自ら出頭して行わなければならず、その際遺言書保管官は本人確認を行います。この申請は、遺言者の住所もしくは本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対してしなければなりません。
②遺言書保管官による遺言書の保管及び情報の管理
原本を保管するとともに画像情報等の遺言書にかかる情報を管理します。
遺言者はその申請にかかる遺言書が保管されている遺言保管所の遺言保管官に対して自ら出頭した上で、いつでも、当該遺言書の閲覧を請求することができます。遺言書に関する情報の管理は、磁気ディスクをもって調製する遺言書保管ファイルに、次に掲げる事項を記録することによって行います。
遺言書の画像情報、遺言書の作成年月日、遺言者の氏名、生年月日、住所及び本籍、受遺者、遺言執行者、遺言書の保管を開始した年月日、遺言書が保管されている遺言書保管所の名称及び保管番号。
③遺言書の保管申請の撤回
遺言者は、遺言書保管官に対して、いつでも、保管の申請を撤回することができます。この場合、遺言書保管官は遅滞なく、遺言書を返還するとともに、管理している当該遺言書にかかる情報を消去しなければなりません。
④遺言書の保管の有無の照会及び相続人等による証明書の請求等
何人も、遺言書保管官に対し、特定の死亡している者について、自己(請求者)が相続人、受遺者等となっている遺言書(関係遺言書)が遺言書保管所に保管されているかどうか、当該関係遺言書が保管されている場合には遺言書保管ファイルに記録されている事項を証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することができます。
相続人、受遺者は、遺言書保管官に対し、遺言書保管所に保管されている遺言書について、遺言書保管ファイルに記録されている事項を証明した書面(遺言書情報証明書)の交付を要求することができます。
遺言書保管官は。遺言書情報証明書を交付し又は関係遺言書の閲覧をさせたときは、速やかに、当該関係遺言書を保管している旨を遺言者の相続人、受遺者及び遺言執行者に通知します。
⑤遺言書の検認の適用除外
遺言書保管所に保管されている遺言書については、遺言書の検認の必要はありません。
5 弁護士に遺言書作成を依頼するメリット(もめない遺言書のために)
遺言書作成の相談を受けた弁護士は、遺言をしようとしている方の希望に則して、法律的な効果を生じる遺言書案を作成します。
遺留分に配慮しないと、遺留分請求を招きますのでもめる元になります。遺留分を侵害しない遺言書とするか、公正証書遺言の本文の後の「付言事項」で、遺留分請求をしないように伝える遺志を記載しておくことが考えられます。また、生前贈与が大きければ遺留分はなくなる計算になることもありますので、その場合も公正証書遺言の本文の後の「付言事項」で明確にしておきます。
不動産の相続、遺贈の場合には、司法書士の意見を聞き支障なく登記されるよう文言を考えます。
相続税についても、ご相談があれば、提携している税理士の意見を聞いたり、複雑な場合は一緒に相談に行き、予想外の相続税で困ることのないよう備えることができます。
遺言書の形式としては、公証人によって作成・保管され一番有効性が争われにくい(形式が整っている、偽造・変造と言われない、誰かに書かされたとか、意思無能力だとかも争いにくい)公正証書遺言とすることをおすすめします。前述のように、遺言の存在や内容を秘密にできないとの説もありますが、私の経験では、公証人役場は、遺言者の生存中は、相続人にも、遺言書の存否及びその内容を明らかにしない運用をしていますので秘密は保たれます(その旨公証人が執筆した文献もあります)。また、文字が書けなくても作成は可能です。遺言者が公証人役場に出向くことができない場合には、公証人が自宅や病院に出張して作成することもできます。
弁護士は、日常的に公正証書の作成を公証人に依頼していますので、懇意にしている公証人がいます。連絡を取り合って、迅速に公正証書遺言の作成を完了することが可能です。
公正証書遺言に必要な証人2名も、1名は弁護士、残りの1名もご用意するのが難しければ弁護士の法律事務所内で手配しますので難しいことではありません。なお、証人は、未成年者、推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族は、なれません(974条)。
また、遺言書の中で、弁護士を遺言執行者に指名しておけば、遺言者が亡くなられた後、遺言内容を遅滞なく確実に実現させることができます。遺言執行者なしに遺言をすると、例えば相続人以外の者に特定の遺産、例えば不動産を遺贈する遺言をした場合、相続人全員の協力(実印の押印と印鑑証明が必要)しなければ裁判をしない限り登記をすることができません。弁護士を遺言執行者に指名しておけば、遺言執行者は遺言に従って遅滞なく登記手続を行います。
費用については、定型の場合は弁護士費用が13万円~23万円(税別)、公証人の費用が財産の価額に応じますが遺産が多額でなければ数万円かかる程度です。
手続が複雑で費用もかかる短所があると言われている公正証書遺言書も弁護士に依頼すれば、間違いなく自分の意思が反映されたものが、スムーズに作成され費用もさほどかかりませんので、おすすめします。