預貯金の遺産分割方法

弁護士岡 文夫

1 従来の最高裁判決

 遺産に預金があり、相続人が複数人いれば、多くの人は、当然に預金は遺産分割の対象になると考えるでしょう。ところが、これまでは、預金は当然には遺産分割の対象にはならないとされてきました。なぜなら、預金は金銭債権ですが、金銭債権は、複数の権利者がいれば、各権利者は自分の持分に応じた金額の請求をすれば、その持分に応じた金額の支払いを得ることができます。このような債権を可分債権といいますが、可分債権は、このように複数の権利者がいれば、当然に各人の持分に応じて分割されます。このような可分債権である預金の相続につき、従来の最高裁判決(最判昭和29年4月8日、最判平成16年4月20日)は、相続人が複数人いれば、預金は相続と同時に、各相続人の法定相続分に応じて当然に分割されるものであり、遺産分割を行う必要はないとしてきました。もっとも、相続人全員が、預金も遺産分割の対象にする、という合意をすれば、預金も遺産分割の対象とすることができる、というのが裁判所の実務でした。

2 遺産分割できないことによる問題点

 民法の条文通りに考えれば、上記の最高裁判決の結論は正しいのですが、実際の遺産分割では次のような不都合な事態がよく生じていました。例えば、遺産が1000万円の預金だけであって、兄弟A、Bが相続人であり、Aは生前に被相続人から1000万円の生前贈与を受けていたような場合、遺産分割を行えば、Aは生前贈与に相当する1000万円分はAの相続分から控除されるので、結局遺産は取得できません。ところが、Aが預金を遺産分割の対象とすることに反対すれば、預金は当然に法定相続分で分割され、AはBと同じ500万円の預金を相続することができます。また、兄弟C、Dが相続人であり、遺産が1000万円の預金と1000万円のマンションがあった場合で、Dがそのマンションに住んでいたような場合、遺産分割をすれば、Cが預金を取得し、Dがマンションを取得するという遺産分割もできるにもかかわらず、Cが預金を遺産分割の対象とすることに反対すると、預金は当然に2分の1ずつに分割され、したがって不動産も2分の1ずつ分割することになり、マンションを分けるためにマンションを売却しなければらないような事態になります。

3 最高裁平成28年12月19日決定

 ところが、最高裁は、平成28年12月19日、上記のA、B間の遺産争いのような事案において、遺産の預貯金は、当然には分割されず、遺産分割の対象となる、という決定を出しました(「平成28年最決」)。つまり、預貯金は、遺産分割をしなければ、各相続人は一人だけで自分の法定相続分の預貯金の返還を受けるというようなことはできない、ということにしたのです。

 その理由は、①預貯金は確実かつ簡易に現金化でき、現金と同様であり、遺産分割において調整に使うことができる(上記のC、D間の遺産分割において、Cが預金を取得し、Dがマンションを取得するという分割ができる。)。②預貯金の法的性格は、銀行に対する返還請求権だけではなく、振込入金の受入、各種料金の支払いなどの事務も含んでおり、これらの事務に関する権利関係は可分債権ではない。③預貯金は、1個の債権であっても、常にその残高が変動しており、相続開始後も残高は変動するから、相続時に各相続人の法定相続分に相当する金額を算定しても、その額は観念的なものにすぎない、というものです。

4 預貯金以外の金銭債権

 この決定により、遺産分割の争いにおいて、より妥当な結論が得られることになりました。ただし、この決定は預貯金だけについての判断ですので、貸金債権や損害賠償債権などの金銭債権については、この決定は適用されないと考えられます。