バーチャルオフィス事業者の過失幇助責任

弁護士岡 文夫

 消費者被害の事件で、近年、相談が多いのが、未公開株や社債の購入に伴う詐欺事件です。しかし、このような詐欺事件では、ほとんどが犯人を特定することができません。そこで、私は、ある事件において、被害者を救済する方法として、犯人が利用したバーチャルオフィス事業者(実際の部屋を貸すのではなく、事業者が保有する電話番号の使用を許諾したり、郵便物を受け取るだけの役務を提供する事業者。以下、「架空事務所事業者」と言います)に対し、過失により詐欺に荷担したという理由で、過失による幇助責任を追及してみました。
 その法的根拠は、組織的犯罪収益防止法です。同法は、組織的犯罪による収益のマネーローンダリングを防止するため、組織的犯罪に利用されるような業務を行う事業者(架空事務所事業者も含まれる)に対し、その業務を利用する顧客につき、運転免許証等により身元等を調査する義務を課しています。

 私が提訴した事案は、ある男性の顧客が、架空事務所を利用する契約を締結したが、実際その架空事務所を利用したのは、その男性を名目的社長とした法人であり、黒幕の犯人がその法人の名を使って、無価値な社債を高齢者などに大量に販売したのです。架空事務所事業者は、その男性については住民票で本人確認をしましたが、後日、実際の利用者は法人であることに気づき、その男性に対し、何度も、法人の登記事項証明書の提出を要求したのですが、登記手続が終わってないなどという理由で、提出まで1か月以上もかかりました。その間、架空事務所事業者は、架空事務所の利用を放置していたので、その間に多数の被害者が発生しました。

 同様な法的構成として、未公開株の詐欺の犯人が利用した携帯電話を貸した携帯電話レンタル事業者に、過失の幇助責任を認めた判例があります。その法的根拠は携帯電話不正利用防止法です。同法も、携帯電話の顧客について本人確認をする義務を課しています。同判例の概要は、ある顧客がレンタル事業者から携帯電話を借りる際、レンタル事業者は、顧客の運転免許証で本人確認をしたのですが、その運転免許証は偽造品であったのに、レンタル事業者は偽造であることに気づきませんでした。その結果、顧客が、借りた携帯電話で詐欺を行ったのです。同判例は、レンタル事業者が運転免許証の偽造に気付かなかったことに過失があるとして、過失による幇助責任を認めたのです。

 ところで、過失が成立するためには、予見可能性と結果回避可能性が必要です。そして、予見可能性が成立するためには、予見可能性を根拠づける要件事実としての評価根拠事実、つまり犯罪を犯すのではないかという疑念を生じさせるような不審事由の存在と、その不審事由を解明するべき措置を講じる義務(調査確認義務)の存在が必要です。

 上記判例は、その不審事由として、運転免許証記載の住所の地番が実在しない地番であったこと、運転免許証番号が不自然であったことなどを挙げています。しかし、それらの事由を認識する前提として、運転免許証が偽造であることの不審事由がなければなりませんが、同判例は、その不審事由としては、犯罪に利用された携帯電話の約4分の1においてレンタル携帯電話が利用されているという統計や、レンタル契約の時、借受人が印鑑を所持していなかったことくらいしか、挙げていません。つまり、同判例は、この程度の不審事由があれば、携帯電話が犯罪に利用されるという疑念を持って、運転免許証が偽造でないかを調査する義務があるというのです。

 警視庁生活安全局の平成24年の統計によれば、利殖勧誘事犯に利用された架空事務所事業者の内、約5割が架空事務所が犯罪に利用されていると思ったことがある、とされています。私の提訴した上記事案においても、このような統計や、1か月以上も登記事項証明書を提出しなかったことに照らせば、上記判例の理論では、当然に、当該架空事務所事業者に、過失による幇助責任を問えるはずです。

 しかしながら、私の提訴した事案は棄却されましたが、同様な事案で、いつか、過失による幇助責任を認める判例が出ることを信じています。