内部告発者(公益通報者)保護制度について

弁護士田中 厚

1 内部告発者保護制度の必要性

 昨今、食品の偽装表示事件、無認可添加物事件や、自動車のリコール隠し事件など、事業者内部の労働者等からの内部告発を契機として企業不祥事が明るみになり、是正措置が講じられる事例が相次いでいる。公益にかかわる内部告発によって、市民の安全等に関する重要な情報提供がなされ、社会の透明性が確保される。同時に、事業活動による国民生活に対する危険が除去され、違法・不正行為の是正が実現される。このような内部告発(公益通報)は、その公益性に鑑み正当な行為として評価されるべきであるが、職場では内部情報を外部に漏らしたとして不利益な取り扱いを受けることが多い。
 公益通報者に対する不利益取り扱いを禁じること等を内容とする公益通報者保護制度は、米国、英国などで既に整備されているが、我が国においてもその必要性が高まっている。

2 政府の審議会報告書の問題点

 政府の国民生活審議会消費者政策部会は、2003年5月、「21世紀型の消費者政策の在り方について」をとりまとめ、公益通報者保護制度を整備する必要性があるとして、具体的な制度内容を提言している。政府は、これを受けて今年度中の立法化を予定している。
 しかし、その内容は、以下のように、保護の対象とされる通報や通報者の範囲が狭く、行政機関以外の外部への通報が保護される要件も厳しく、このままでは、従来行われてきた内部告発をも抑制するおそれがあり極めて問題である。

(1)保護される通報者の範囲

 現に雇用されている労働者を対象とし、元労働者、派遣労働者は検討課題としている。しかし、元労働者、派遣労働者、役員、取引先、下請事業者の労働者等も、公益通報をしたことで不利益を受けるおそれがあるので、保護の対象とすべきである。

(2)保護される通報の内容

 保護される通報は、「規制違反・刑法犯」に限定されている。民事違法や、形式的には規制違反には該当しない国民の生命・身体・財産への侵害や危険については本制度の対象外となる。HIVウイルスに汚染された非加熱血液製剤の販売禁止が遅れたことによる薬害エイズ事件の発生や、豊田商事事件など悪徳商法に対する訪問販売法(現在は特定商品取引法)等の規制の遅れによる集団消費者被害の発生を見ても、わが国において消費者利益等を保護するための法規制が後追いであることは明白である。規制違反に限定すれば、現在及び将来の消費者や国民の利益の擁護のために必要とされる通報の多くが保護の対象から除外されることになる。

(3)保護される通報先と保護要件

 事業者内部への通報については、誠実性の要件(不正な目的や個人的利益を図る目的ではないこと)を満たすだけで保護され、行政機関への通報は、誠実性の要件プラス真実相当性の要件(通報の内容が真実又は真実であると信じるに足る相当の理由があること)を充足すれば保護されるとしているが、行政機関以外への外部(マスコミ、労働組合、支援団体、議員等)への通報については、上記2要件に加えて更に厳しい要件を課している。「事業者外部への通報が適切であること」という要件(「具体的には次のような場合が考えられる」として、「(a)通報時において、当該労働者は事業者内部又は行政機関に通報すれば事業者から不利益な取り扱いを受けると信じるに足りる相当の理由がある場合(b)当該労働者が事業者内部に通報すれば証拠が隠滅されたり破壊されるおそれがあると信じるに足りる相当の理由がある場合(c)当該労働者が事業者内部又は行政機関に鴎外問題を通報した後、相当の期間内に通報の対象となった事業者の行為について適当な措置がなされない場合(d)通報の対象となった事業者の行為により、人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険がある場合」が挙げられている)、及び、「通報の対象となった事業者の行為によって発生し、又は発生するおそれのある被害の内容、程度等に応じて、被害の未然防止・拡大防止のために相当な通報先であること」という要件の2要件が付加されているのである。
 これでは、実際には、極めて例外的な場合を除き、まず事業者内部または行政機関に通報しなければならないこととなるが、我が国の実情(事業者に自浄能力がなく、行政も事業者との癒着や産業育成を重視する傾向により必ずしも適正な規制権限を発動しない)に照らせば、公益通報は日の目を見ることなく抑え込まれてしまう恐れが大きい。

(4)保護の内容

 労働者の不利益取り扱いの禁止を定めるのみで、民事免責(事業者に対する名誉毀損等による損害賠償責任を負わない)や、刑事免責(刑法の名誉毀損罪や信用毀損罪等により処罰されない)が明記されておらず、不十分である。

3 今後の運動の必要性

 日弁連では、このような政府案に反対し、消費者・国民のために役立つ公益通報者保護制度を実現するため、対案として「公益通報者保護制度要綱」をとりまとめるべく準備中である。
 各都道府県の単位弁護士会、消費者団体、市民団体、労働組合、マスコミ、研究者など、国民各層も、政府案の問題性を認識し、早急に運動を展開すべき時期に来ている。