自動車の安全性と企業のコンプライアンス

弁護士高瀬 朋子

1. 自動車の安全性に関わる事件の多発

 近時、日本の大手自動車メーカーによる、リコール隠蔽事件が多発しました。平成6年には富士重工業のリコール隠蔽事件、平成10年にはダイハツのリコール未対策事件、平成12年には三菱自動車のクレーム・リコール隠蔽事件等です。
 これらの事件は、当時の運輸省の立入検査や内部告発により発覚したものですが、これにより、日本企業のリコール隠蔽体質が明るみとなり社会問題となりました。

2. 道路運送車両法によるこれまでのリコール制度

 ところが、これまでの道路運送車両法では、リコールしなければならない車両について、リコールしなかった場合の罰則は過料100万円以下であり、記三菱自動車のリコール隠しのような大きな事件でも、会社に対して100万円×4台分の400万円の過料が科せられただけでした。
 また、国土交通省にリコール命令権はなく、企業に対して勧告し、企業がそれに従わない場合に公表できる程度の権限しかありませんでした。

3. アメリカの状況

 丁度同時期の平成12年8月、アメリカでもファイアストン製タイヤによる事故により、企業のリコール隠しが明らかとなり、大きな問題となりました。アメリカでは、もともとNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)による強力な監視システム(リコール命令権等)が確立していましたが、この事件を機に、企業に早期の報告義務を新たに課し、罰則も上限1500万ドルまで引き上げました。
 このような強力な制度により、企業はリコール届出を迅速に行っているようです。皮肉にも、前記三菱自動車も、同種の車種についてアメリカでは真っ先にリコールの報告をしていたようです。

4. 道路運送車両法の改正

 日本でも一連のリコール隠蔽事件から、罰則の強化をとの声が上がり、平成14年、漸く道路運送車両法の改正が行われました。この改正により、国土交通省にリコール命令権が付与され、勧告、公表を行ってもなお改善措置を講じない場合には、リコールの命令が出されることになりました。また、罰則も、法人両罰は上限2億円まで引き上げられました。
 もちろん、アメリカに比べればまだまだ弱いものですが、以前に比べれば格段に自動車の安全性の確保を期待できるものになったと思います。

5. 企業のコンプライアンス

 以上のような一連のリコール隠蔽問題が発生した原因は、企業の利益追求主義の体質にあると思います。
 今回の改正で罰則が強化されたために法を遵守するのではなく、企業は、より安全な製品を市場に送り出すことで信頼を得ることが利益につながることを認識する必要があると思います。企業自身が、社内でコンプライアンスを徹底させ、自浄作用を確立し、また、国もコンプライアンスを勧めている企業に対して一定の優遇措置を設ける等の支援を行うことが自動車の安全性を確保する近道であると思います。
 コンプライアンスが確立していることは企業の先進性、透明性のあかしで、社会にも企業自身にも利益になり、今後の日本経済の向上にもつながっていくのではないでしょうか。