民法の成年年齢の引き下げについて

弁護士田中 厚

1 成年年齢引き下げに関する経過

 民法(明治29年法律第89号)は長らく成年年齢を20歳と定めてきた(民法第4条)ところ、2007年5月に成立した憲法改正に関する国民投票法は満18歳以上が投票権を有するとし、同法附則第3条第1項では「満18歳以上満20歳未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定められた。
 この附則を受けて法制審議会は、2009年10月28日、民法の成年年齢を引き下げるのが適当であるとする最終報告書を法務大臣に答申した。
 そして、2015年6月17日、公職選挙法が改正され、選挙年齢が18歳に引き下げられた。政府は民法の成年年齢を20歳からの18歳に引き下げる改正案を2017年の通常国会に提出する見通しであることが、報道されるに至った。

2 成年年齢の引き下げの問題点 ─日弁連の意見書から

(1)日弁連の意見書

 日弁連は、2016年2月18日、意見書を発表し、慎重論を唱えた。そこでは、多くの問題点が指摘されており、筆者としては、現時点では慎重論では足らず積極的に反対すべきと考える。日弁連が指摘する問題点を以下に要約して紹介する。

(2)成年年齢の引き下げに伴う未成年者取消権の喪失

 成年年齢を18歳に引き下げた場合にもっとも大きな問題となるのは、18歳、19歳の若年者が未成年者取消権(民法第5条第2項)を喪失することである。
 すなわち現行民法においては、18歳、19歳の若年者を含む未成年者が親権者の同意を得ずに行った法律行為については、未成年者であることだけで取り消すことができるため、この未成年者取消権は、未成年者が違法・不当な契約を締結するリスクを回避するに当たって絶大な効果を有しており、かつ、未成年者に違法・不当な契約を締結するよう勧誘しようとする悪徳業者に対しては強い抑止力となっている。国民生活センターの調査からも明らかなように、20歳以上になると消費者被害件数が増加し、被害金額も増加し、マルチ商法やサラ金被害も増加する現状からすると、成年年齢の引き下げによって、18歳、19歳の若年者にこのような被害が増加することは目に見えている。

(3)自立に困難を抱える若年者の困窮の増大及び高校教育における生徒指導の困難化のおそれ

 現代の若年者の中には、経済的に自立していない者が増加しており、このような状況下で成年年齢を引き下げると、自立に困難を抱える若年者が親の保護を受けられなくなり、ますます困窮するおそれがある。また、教育の場において18歳に達した生徒については親権者を介しての指導が困難となる。

(4)養育費支払い終期の事実上の繰上げ

 養育費の支払い終期については、理論的には経済的に自立していない子、すなわち「未成熟子」概念を基準とすべきであり、成年年齢を基準とすべきではない(民法第766条第1項参照)。しかし、実際には、養育費に関する調停条項として、「子が成年に達する日の属する月まで」等と未成年者概念を用いて合意する例が多い。このような運用を前提とすると、養育費の支払い終期が事実上繰り上げられるおそれがある。

(5)労働基準法第58条による労働契約解除権の喪失

 労働基準法第58条第2項は「親権者若しくは後見人又は行政官庁は、労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては、将来に向かってこれを解除することができる」と規定し、未成年者の労働契約について、民法の未成年者取消権とは別に、未成年者にとって不利な労働契約(親権者等の同意があった場合も含む)の解除権を認めている。
 これによる保護がなくなる結果、労働条件の劣悪なブラック企業等による労働者被害が18歳、19歳の若年者に一気に拡大するおそれがある。

(6)

 その他少年法適用年齢の引き下げのおそれ、児童福祉における若年者支援の後退のおそれ、未成年者の喫煙禁止法や禁酒法等他法への影響もあるが、紙数の関係もあって省略する。