公益通報者保護法の施行にあたって

弁護士田中 厚

~企業のコンプライアンス体制の確立の必要性、大阪弁護士会公益通報者サポートセンターの発足~

1 公益通報者保護法の制定の経緯と施行

 昨今、食品の偽装表示事件、無認可添加物事件や、自動車のリコール隠し事件、医療過誤・カルテ改竄事件、鳥インフルエンザ事件、特養ホームでの集団感染死亡事件など、内部告発を契機として企業不祥事が明るみになる事例が相次いでいます。このような公益に関する内部告発(公益通報)は正当な行為として評価されるべきですが、雇用主により、内部情報を外部に漏らして被害を与えたとして懲戒解雇など不利益な取り扱いを受けることがあります。そこで、公益を図り労働者の正当な通報を保護するために公益通報者保護制度が必要とされるようになり、英国公益開示法などにならって、平成16年6月、「公益通報者保護法」が成立し、本年4月1日から、施行されました。

2 公益通報者保護法の内容

 「労働者が」「不正の目的でなく」、①「その労務提供先」や②「処分権限を有する行政庁」や③「その他被害の発生拡大の防止に必要であると認められる者」(マスコミなど)に「通報対象事実(政令で指定される法律に定める犯罪行為等)が生じ、又はまさに生じようとしている」旨を、①~③の通報先毎に定められた手続に従って通報した場合に、これを理由とする解雇等の不利益取り扱いが禁止され、無効とされます。
 通報した内容の真偽に争いがある場合に問題が生じます。①に通報した場合は内部への通報ですので労働者が通報内容を真実であると思っていただけでよいのですが、②③の場合は外部への通報ですので、「信ずるに足りる相当の理由」が必要とされます。また③への通報には、(イ)①②に通報すれば不利益取り扱いを受けると信じる相当の理由がある、(ロ)①に通報すれば証拠隠滅をされると信じる相当の理由がある、(ハ)労務提供先から口止めをされた、(ニ)書面によって①の通報をした日から20日を経過しても労務提供先から調査する旨の回答がなかったり調査をしない、(ホ)個人の生命身体に危害が発生する急迫の危険があると信じる相当の理由がある、のいずれかに該当する必要があります(第3条)。
 但しこのような公益通報者保護法の要件を満たさない通報を理由とする解雇などの不利益処分であっても、労働法の解釈により合理的理由がなく社会的相当性がないとして禁止され無効とされる余地があることに注意しなければなりません(第6条)。
 なお、労務提供先は書面による内部通報に対して遅滞なく回答する努力義務を負わされています(第9条)。

3 コンプライアンス体制確立の必要性

 公益通報の問題は企業のコンプライアンス体制確立の問題と裏腹の関係にあります。体制が確立しておれば、そもそも通報されるような不祥事は生じにくいでしょう。仮に生じたとしても、社内通報制度が整備されておれば内部通報の段階で是正措置を講じることができ、外部に持ち出されて企業イメージを損ない打撃を被ることもないと考えます。逆に体制が整備されておらず、労働者から内部通報があったのに、20日以内に回答して調査することをしないなど対応に不備があれば、外部に通報されても文句を言うことはできないということになります。企業にはこの機会に公正な社内通報制度の設置を含むコンプライアンス体制を確立させることが求められています。内閣府は、公益通報者保護法施行に伴い事業者が取り組むべき体制づくりのために、「民間事業者向けガイドライン」を策定し、同法の周知のためにインターネット上に「公益通報者ウェブサイト」http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/を設置しています。そこには公益通報者保護制度相談ダイヤル、内部通報システムの書式、政令指定の通報対象法令一覧、通報対象法令毎の通報先行政機関検索、Q&A等が掲載されており参考になります。

4 大阪弁護士会の公益通報者サポートセンターの発足

 大阪弁護士会では、同法の施行に合わせて、労働者が安心して公益通報を行うことができるように相談に乗り、通報をしたために不利益を受けた場合には支援をするため、公益通報者サポートセンターを発足させました。
 同センターでは、毎週月曜日の正午から午後3時までの電話相談(06-6364-6251)、毎月第2第4月曜の正午から午後3時までの面接相談を実施しています(詳細は大阪弁護士会ホームページ:http://www.osakaben.or.jp/web/05_consult/02/05.php)。このセンターには4月~5月の2ヶ月間で電話相談21件、面接相談3件が寄せられています。