預金過誤払い被害対策弁護団

弁護士向来 俊彦

 みなさんは,銀行の通帳と印鑑を別々に保管しておられますか。古い預金通帳に貼ってある印影(副印鑑)はもうはがされましたか。
 平成9年頃からピッキングによる空き巣被害が多発し社会問題となりましたが,窃盗団による犯行で特徴的だったのは,ほかの金目のものは盗らずに通帳だけを盗んだ上,通帳に貼付されている副印鑑をスキャナで読みとって印影を偽造し,被害者が気づかないうちに預金を不正に払い戻すという手口でしした。
 被害者は,部屋が荒らされていないので盗難に気づかず,ある日,銀行へ行ってカードで預金を引き出そうとすると,残高がないことに驚き,銀行に問い合わせて初めて預金のほぼ全額が犯人によって引き出されてしまっていることが発覚するわけです。ひとり暮らしの老人が老後の生活費を盗まれたり,こつこつと何年もかけて貯めていた結婚資金を盗まれたり,被害者の方々にはそれぞれの事情があり被害はお金の問題にとどまりません。
 本来,預金を全く関係のない人に払い戻しても,そのような弁済は無効ですから,まだ銀行には預金が残っているはずです。しかし,民法478条(準占有者に対する弁済)により,権利者らしい外観を備えた者に善意・無過失で払い戻した場合は,銀行は免責されることになっています。
 そして,判例上,権利者らしい外観を備えた者としては,通帳と印鑑を持参している者で足り,銀行は届出印の印影と払戻請求書の印影を平面照合すれば,注意義務を尽くした(善意・無過失)とされています。これまでは,この規定により,ほとんどのケースで銀行は免責されていました。
 ところが,これだけ複写等に関する技術が発達した現代社会においては,偽造の印影を作出することなど極めて容易なことであり,印影の確認によって本人確認するというのはもはや時代遅れです。いくら窓口行員が熟練しているといっても,精巧に作られた偽造印と真正印を肉眼で見分けることができるでしょうか。これだけ預金の過誤払いが急増した現実をみれば,これまで窓口行員の印影照合だけに頼ってきた預金払戻時の本人確認システムが,社会情勢の変化に対応できていないことは明らかです。平成11年9月には,警視庁から各銀行へ異例の依頼文書が発出され,注意喚起が行われています。銀行は,こういった事態に対して,早急に対応すべきだったのであり,本人確認のためには,印影照合ではなく,もっと他の合理的な方法(暗証番号による確認,筆跡の照合,運転免許証による確認)を組み合わせることができたのです。
 にもかかわらず,ほとんどのケースで,銀行は「印影を照合したから責任はない」という態度に終始しました。
 平成14年9月,東京で預金過誤払いに関する110番が行われたところ被害者からの問い合わせが殺到し,同年12月には銀行に対する集団訴訟が提起されました。その後,その活動は全国的に拡がり,関西でも平成16年2月に集団訴訟が提起されました。
 訴訟では,社会情勢の変化に従って注意義務の判断基準も変化すべきであるという基本的な主張のみならず,そもそも預金の払戻が取引の安全を保護すべき場面なのか,窃盗・不正払戻のリスクを,消費者である預金者と大資本である銀行のどちらが負担すべきかという根本的な問題も問いかけています。これまでは勝ち目のない訴訟と思われてきた分野でしたが,平成15年頃からは各地で勝訴判決も相次いでいます。
 現在では,このような弁護団活動の影響もあり,各銀行は,副印鑑制度を廃止し,預金払戻時の本人確認を強化しています。また,本人確認の方法として生体認証等を要する口座を採り入れた銀行もあります。これまで,銀行は,本人確認を強化すれば迅速さが要求される窓口業務が成り立たないなどと消極的でしたが,実際に本人確認を強化しても何ら混乱はありません。
 このように,現場の実務が徐々に変化をみせ,また勝訴判決及び勝訴的和解も相当な件数にのぼるものの,他方では旧態然として昭和46年当時の基準にしがみついている判決も少なくありません。弁護団としては,個々の被害救済を目指すことはもちろんですが,主張・立証を尽くし,従来の古い判例基準を変えるべく努力したいと思っています。