賃料差押え後の賃貸借の終了

2013年3月19日

文責:弁護士向来 俊彦

賃料債権の差押えの後に,賃貸借契約が終了した場合
最高裁平成24年9月4日決定(判例時報2171号42頁)

1 要旨

 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。
 したがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。

2 前提

(1)

 継続的給付である賃料債権の差押えの効力は,差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として,既に発生している債権のほか,債務者が差押え後に受ける賃料にも及ぶ(民事執行法151条)。そして,債権を差し押さえられた債務者は,取立てその他の処分を禁止され(同法145条1項),この差押えの処分禁止効に抵触する債務者の処分は,差押債権者のほか,差押えに基づく執行手続に参加する全ての債権者に対して,その効力を対抗することはできない(最判昭和44年11月6日)。

(2)

 他方,債権に対する差押えを受けた債務者が,当該債権の発生原因となる基本的法律関係を変更・消滅させることができるかについては,売買のような1回限りの契約については争いがあるものの,継続的給付に係る債権に対する差押えを受けた債務者であっても,当該債権の発生原因となる基本的法律関係を変更・消滅させることは制限されないということで,ほぼ異論はないとされている。
 最判昭和55年1月18日も,給料債権に対して差押命令を受けた従業員が勤務先を退職した後にその勤務先に再雇用されたが,再雇用されるまでに6か月余りを経過しているなどの事情がある場合には,再雇用後の給料債権に対して右差押命令の効力が及ぶとすることはできないとした。

3 原審の判断

 本件の原審は,第三債務者である賃借人が本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条但書により賃料債権が混同により消滅することはないとして,差押命令の効力は,賃貸借契約の終了後の賃料債権にも及ぶとした。

4 本判決

(1)

 賃借人が賃貸借の目的物の所有権を取得したときは,賃貸借を継続すべき利益がある場合(たとえば,その目的物が質権や地上権の対象となっているために,賃借人において所有権を取得しても使用収益ができないような場合)を除いて,賃貸借関係を存続させる必要がないことから,賃貸借契約は終了する(大判昭和5年6月12日民集9巻532頁)。
 そうだとすると,債務者が第三債務者に本件建物を譲渡して,第三債務者が本件建物の所有権を取得することにより,基本的法律関係である本件賃貸借契約が終了することとなる以上,賃料債権の混同による消滅を論ずるまでもなく,以後,賃料債権は発生しないこととなる。
 したがって,混同によって消滅するかどうかを検討するまでもなく,本件では,基本的な法律関係である賃貸借契約が終了しているため,その終了後に,賃料債権が発生する余地はなく,発生していない賃料債権に差押えの効力が及ぶということはない。

(2)

 もっとも,このような一般論を徹底すると,賃料債権の差押えに対して,賃借人に目的物を譲渡したことを仮装する方法により執行妨害が行われることが想定される。
 そこで,本判決では,賃借人(第三債務者)において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がある場合には,例外的に賃料債権の取立てを認める余地を残した。

5 参考判例

 最判平成10年3月24日(民集52巻2号399頁)は,「建物の賃料債権の差押えの効力が発生した後に,建物が譲渡され賃貸人の地位が建物譲受人に移転したとしても,建物譲受人は,賃料債権の取得を差押債権者に対抗することができない」とした。
 この平成10年最判は,賃貸借契約が存続し,賃貸人たる地位が建物譲受人に移転することを前提として,賃料債権の帰属が争われた事案であるから,賃貸借契約が終了し,賃料債権自体が存在しないとされた本件とは事案を異にする。

6 考察

(1)

 本件のように,差押命令の対象となった賃料債権に係る賃貸借契約の対象となっている建物が債務者から第三債務者へ譲渡されたような場合,第三債務者から債務者へ売買代金が支払われているはずであるから,債権者としては,その売買代金を差し押さえることができれば,一定の満足が得られることになる。
 しかし,債権者が,債務者・第三債務者間の売買を事前に察知するなどして,その売買代金債権を差し押さえることは無理であろうし,売買代金の支払後に,債務者の預金を差し押さえることも預金口座の特定ができないために困難である。

(2)

 そうすると,債権者としては,せっかく賃料債権を差し押さえたのに,債務者が当該建物を第三債務者へ譲渡してしまうと差押えの効力が及ばなくなるというのでは,差押えの効力は半減する。しかも,債務者(賃貸人)から第三債務者(賃借人)へ譲渡したような場合に効力が及ばないというのでは,債務者と第三債務者間で口裏合わせをすることによって,容易に差押えの効力を潜脱できることになりかねない。
 このことは,たとえば,債務者が親族が経営する企業に勤務しているような場合に,給料債権を差し押さえたときに,第三債務者である親族企業が,債務者を解雇したことにして基本的契約関係が終了したので差押えに係る債権が存在しないと陳述するような場合にもあてはまる。

(3)

 そこで,本判決は,第三債務者(賃借人)において,賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情について,審理を尽くさせるために原審に差し戻したが,この特段の事情に関しては,債務者・第三債務者の内部事情に属する事柄であって,債権者の立場からは立証が困難であるということに照らしても,明らかに執行妨害にあたるような場合に限るのではなく,債権差押えの制度が有名無実なものとならないように,債務者・第三債務者間の譲渡に合理的な理由がないような場合には信義則上許されないと判断されるべきではないかと考える。

以上